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ストロスカーンは役者?

2011/09/20 00:29

 

 米裁判所で性的暴行などで訴追されながら無罪判決を受けて、この4日に帰国したドミニク・ストロスカーンDSK)国際通貨基金IMF)前専務理事が19日夜にテレビのインタビューに答えて、ホテル従業員との「不適切な関係」と「道徳的過ち」を認めたが、「暴力」などは否定した。

 5月中旬の事件後、本人による初の発言とあって、約1300万人が視聴したが、20日のメディアや視聴者の反応は「用意周到に準備された発言」「エゴイスト」など批判的内容が多かった。

 局の前では女性解放運動家ら数十人が結集してDSKの到着時には「恥知らず」など抗議の声を上げた。

 DSKは白のワイシャツに濃紺の背広。ネクタイも無地のブルーと「真摯さ」を表現。検事の無罪判決の文章を片手に、完璧に用意されたとみられる発言に加え、時にはコブシを握って無罪を主張したり、時に目を伏せて反省するなど、身振りも完璧。かえって、嘘っぽさを視聴者は敏感に感じ取ったようで、直後の各種世論調査では過半数以上が、「(無罪との主張に)納得しなかった」と答えている。

 DSK夫人は1990年代に一世を風靡した人気キャスター。番組のキャスターのクレール・シャザルとは友人だそうで、このスクープ・インタビューも友情の賜物だ。それだけに、多分質問もあらかじめ知らされ、本番に備えて十分に準備をしたのではないかとみられる。

 一方、DSKの発言のばっちりを受けたのは社会党の大統領選の公認候補を決める予備選候補者のオブリ党第一書記だ。DSKは自分は予備選に出馬するつもりだったと明言。自分が出馬する場合はオブリ氏は出馬しないことを2人で決めていたと証言したからだ。これまで2人の間に密約があり、それで、オブリ氏の出馬宣言が遅れたと指摘されていたが、オブリ氏はこの密約説を否定していた。

 オブリ氏は予備選を争うオランド前党第一書記に支持率で大差を付けられいるが、このDSKの発言で、さらに不利になった感じだ。サルコジ大統領の支持率も悪く、いま、大統領選を実施したら、オランド氏が勝利との予測もある。

 それにしても、オランド氏は閣僚経験なし。約10年間の党第一書記時代の選挙は大統領選をはじめ、すべて社会党の敗北に終わった。それだけに、オランド氏の大統領選勝利の姿が想像しにくい。

 

 

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セゴネル・ロワイヤルは意気軒昂

2011/09/15 17:42

 

 15日夜に仏国営テレビ、フランス2と仏ルモンド紙の主催で来春の大統領選の社会党の公認候補を決める予備選(10月9日)の候補者6人のテレビ討論会がある。14日に候補者の一人で前回2007年の大統領選で公認候補としてサルコジ大統領と対決したロワイヤルさんと一部記者による昼食会があるので行ってきた。会費は45ユーロ。

各種世論調査の支持率では候補者の中で1位がオランド前党第一書記、オブリ党第一書記が2位でロワイヤル氏は2人にぐーと引き離されて3位。だが、約100万とみられる“有権者”の投票と「世論調査とは別物」と“当選”の可能性を強調していた。 

 2007年の選挙キャンペーンで何回か取材したが、2泊3日間で7都市を回るキャンペーンに同行したときは、彼女のエネルギーに驚嘆した。同行記者はバス、彼女は乗用車という違いがあったが、1都市で中小企業や工場など数箇所を訪問、2夜は公民館と大ディスコでの大集会というプログラムだったが、記者たちがヘトヘトだったのに対し、彼女はまったく、疲れを知らない感じだった。

 当時は細身だったが、ちょっと太くなって貫禄も十分。半年ぐらい前にサルコジ側近が、一番、「怖い相手」はロワイヤル氏、と言っていたのを思い出した。ミッテラン元大統領の選挙運動を支援した広告会社の社長だったジャック・セゲラ氏に昨年、会ったときも、やはりも同意見だった。95年の大統領選のとき、支持率が高かったバラデュール氏ではなく、シラク当選を予言したが、そのときに、「シラクの目の中の炎の強さ」を指摘していた。つまり、「大統領にどうしてもなりたい」という猛烈な強い意志がないと、大統領にはなれないということだ。当時はまだ、オランド氏の人気がいまひとつだったから、今なら、違う意見かもしれないが。

 シラク氏は3度目の挑戦で願いをかなえたが、ロワイヤル氏は予備選に負けたら、次も狙うのだろうか。

 討論会では失点を恐れて慎重にならざるをえない上位2人に比べ、「失うものが何もない」ロワイヤル氏が自由果敢に挑むのではないか、と予測されている。

 

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サルコジ大統領のリビア訪問に警官160人が警備

2011/09/15 17:11

 

 サルコジ大統領がキャメロン英首相とともにリビアを15日に訪問するが、この緊急訪問がメディアにバレたのは14日にフランスの警官160人がリビア入りしたからだ。治安が不安なリビアでの要人警備のためではないかというわけで、「サルコジ訪問」の情報が駆け巡り、エリゼ宮(仏大統領府)は正式に確認しなかったが、警察筋が「重要人物警護」を認めたために、仏メディアが一斉に報じた。大統領にはジュペ外相のほかにリビアの国民評議会の幹部と親しく、大統領に国民評議会の承認を説得した哲学者のベルナールアンリ・レビ氏も同行する。

 大統領は先のリビア支援のための友好国会合後の会見で、「いつ、ベンガジを訪問するのか」との質問に答えて、「トリポリが安定して国家評議会がトリポリに入城したときにトリポリを訪問する」と答えた。今回はトリポリで国民評議会の幹部らと会談するが、演説をするのは、国民評議会の根拠地の東部ベンガジだ。安心して演説できるのは、ベンガジというところか。

 フランスは真っ先に国民評議会を承認し、反カダフィ軍に対して空爆も率先して行ったので、「サルコジ、メルシー」の旗が三色旗とともに両都市で翻っているところをフランスのテレビ局が報じていた。

 15日夜には社会党の大統領選公認候補を決めるための予備選の候補者6人のテレビ討論が行われる。大統領としては、トリポリ入りで、このニュースをかすませることを狙ったのかもしれない。

 リビア攻撃は社会党も国民も支持しているだけに、社会党としては歯軋りしたいところだろう。

 

 

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核施設の爆発事故と原発事故の差

2011/09/13 17:20

 

 フランス南部ガール県のマルクールの原子力関連施設の近くのサントラコ(低レベル放射性廃棄物処理調整センター)で12日に発生した事故は日本では大々的に報道され、一部では「原発大国フランスの原発見直し、来春の大統領選の争点」と報道されていたが、13日の仏主要紙では大半がユーロ危機を大々的に報道し、事故の記事は短く報道されただけだった。

 フランスでは「チェルノブイリの雲」という事件がある。「国家の犯罪」ともいわれている。

1986年のチェルノブイリの事故当時、仏当局は汚染雲はフランスの国境で止まり、国内には侵入していない、というまるで、非科学的な信じられないような公式見解を発表した。その後、甲状腺がんなどが多発、チェルノブイリの事故との因果関係が問われ、がん患者グループが告訴。この虚偽発表の責任者の教授が訴追され、裁判にもなったが、この9月7日に出た判決は、無罪だった。

 当時の核保安局は、日本同様に政府の管轄下だったため、独立機関として原子力安全局(ASN)が設立されたが、今回の爆発事故に関して、ASNが発表したプレスリリースによると、金属製放射性廃棄物を溶かす溶解炉の爆発で火災が発生したということだ。

 施設の建物に被害はなく、負傷者が被爆しておらず、運営会社および特別消防隊により建物外部で実施された測定で汚染は確認されなかったという。ただ、死者1人、負傷者4人、うち1人は重傷というから、大事故であることは間違いない。

 ASNは「この事故は放射線上の問題も住民を保護する行動も伴わない」ともしている。

一方で、ASNは「危機組織を一部停止する一方、ガール県庁および運営会社のソコデイ社と連絡を取り続けている。ASNは事故の原因を究明するため、労働監督局と連携して監査を行う」とも述べている。

 「サントラコはソコデイ社によって運営されており、施設は低レベルもしくは極低レベルの放射性廃棄物を金属性廃棄物は溶解、可燃性廃棄物は焼却により処理することを目的としている」そうだ。

 エネルギー担当相が現場に駆けつけたが、フランスでは担当大臣が現場に急行することは珍しくない。多数の犠牲者が出た火事や洪水などでもよく見られる風景だ。時には首相や大統領も駆けつける。

 いずれにしても、ASNの発表が正確で、責任が何年後に問われるようなことにならないことを祈るばかりだ。

 

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9月11日米中枢同時テロ

2011/09/11 23:22

 

 野田首相は駐日米大使館を表敬訪問したのだろうか、と思った。フランスでは9月11日の米中枢同時テロ10周年の今年、メディアの特集が目立った。サルコジ大統領は11日が日曜なので駐仏米大使館が開いている9日の金曜日に米国大使館を訪問して駐仏米大使とともに9月11日の犠牲者に献花をし、改めて対テロとの戦いと米国への連帯を表明する演説を行った。

 日本は東大震災や福島原発事故で米国からの支援を大々的に受けたのに、野田首相が米国大使館を訪問しなかったとしたら、問題だ。ルース駐日大使が9月11日の日本人犠牲者のために献花しただけに、首相以下、日本は何をやっているのだろうと思う。首相に献花を注進するものはいなかったのか。フランス人も何人かが犠牲になったが、駐仏大使が犠牲者のために献花をすることはなかった。それを非難する人もいない。

 野田首相も周囲も多分、それどころではなかったのだろう。鉢呂氏のこれまた、実に情けない失言に振り回されていたのだから。それにしても、まるで幼稚園の生徒並みの発言だ。担当大臣としてメディアの脚光を浴びながら、被災地を訪問したことで、舞い上がっていたとしか思えない。「放射能をくっつけちゃうぞ」の発言からは特に、「どうだ、自分は被災地に行ってきたんだぞ、偉いだろう」といった尊大で幼稚な考え方が透けてみえる。

 ただ、こういう人間を国会議員として選出したのは国民なのだから、日本国民のレベルがこの程度だと自省する以外ないのかもしれない。

 その前の防衛相の「これが本当の文民政治」の「素人」発言にも泣かされる。これが国を守るトップの防衛相なのだから、日本の防衛はどうなっているのだろうと心配になってくる。ま、米軍基地には反対しながらも、ちゃっかり米軍のお世話になり、核の傘の下にもいるのだから、安心で防衛のことなど真剣に考える必要がないのかもしれない。

 これでは日本は自分を中心に地球儀が回っていると批判されても仕方がない。外のできごとにはまったく無関心で、自分のことしか考えない。やはり、日本は島国根性と批判されても反論に苦労する。

ただ、今、怖いのは、「上から目線」とか言って、すべての批判を拒否する傾向が強いことだ。

こうした雰囲気が「素人」発言や「放射能くっつけちゃうぞ」の発言に集約されているような気がする。

 

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厳戒態勢の中の友好国会議

2011/09/02 00:40

 

 カダフィ独裁政権崩壊後の新生リビアの支援を協議する友好国会議が1日にパリのエリゼ宮(仏大統領府)で開かれたが、カダフィ大佐が徹底抗戦を訴えているだけに、警備は物々しかった。記者証の発行やプレスセンターが設置されたエリゼ宮に隣接するマリニー館での検問には爆発物などを探知する警察犬が登場した。これまでNATO首脳会議やG8、G20、EU首脳会議などの、いわゆる大国の首脳が出席する会議の場合、空港などにある探知機が設置され、記者をはじめ役人などの関係者の検査を行っているが、犬まで登場した例は極めて稀だ。

 どの会議か忘れたが、仏大統領の同行機に搭乗したとき、通路を犬がノソノソ歩いたいたことがあった。会議場や周辺道路、周辺建物の検査のためだったと思うが、記者やカメラマンのパソコンやカメラなどの機材が探知犬の対象になることはめったになかった。

 やはり同行機で隣の席の屈強な男性が着陸前に開いたアタッシュケースからピストルがちらりと見えたことがあった。警備の警官が記者や役人などと一緒に何人か同行していたからだ。

 今回の友好国会議には約60カ国・国際機関が参加し、キャメロン英首相がサルコジ大統領とともに共同議長を務めた。欧州からはメルケル独首相ベルルスコーニ伊首相など首相級、米国からもクリントン国務長官が出席し、国連NATOEUからも事務局長らのトップも出席したが、中東諸国からは外務省の高官が多かったので温度差が指摘されもした。

 エリゼ宮が配布した資料によると組閣が終わっていない日本からは外務省の中東アフリカ局長が出席となったいた。

 フランスは3月10日に真っ先に国民評議会を承認。軍事介入容認の国連決議採択や対空爆もフランスが主導してきたので、仏国内では「サルコジの戦争」と言われている。今回の会議も、サルコジの勝利宣言のような趣があるだけに、フランスは熱心だ。

 プレスセンターの設置されたマリニー館は通常は迎賓館として使用されており、天皇皇后両陛下が訪仏されたときは、ここにお泊りになった。

カダフィが2007年にやってきたときは、この館の庭にテントを張って寝泊りした。

 大統領就任直後のサルコジ氏はカダフィ招待に熱心だったので、左派系メディアからは批判されているが、このときの会談直後に、「カダフィは気が狂っている」ともらしたとか(仏ルモンド紙)。

 フランスと国民評議会との間にはリビア産石油の35パーセントをフランスに供給する密約があるとの情報もある(仏外務省は、密約を記した信書の存在は知らないと述べている)。

いずれにしても、今回の会議は支持率が低いサルコジ氏にとっては外交成果を強調する意味合いが強い。

 

 

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英警察は仏警察に教えを請うべきだ

2011/08/12 10:49

 

 ロンドン暴動はパリでも連日、トップ級で報じられているが、テレビキャスターが、あきれていたのは(つまり、フランス人一般といってもよいが)英警察がまったく暴動対策に慣れていない点だ。暴動の発端は警官による射殺事件だが、フランス人が驚き、あきれているのは、通常は警官が警棒を持っている程度で、ごく例外を除いて武装していない点だ。さらに、機動隊もいなければ、さいりゅう弾や放水も使用されない点だ。さいりゅう弾は当たり所が悪ければ死者が出るが、まず、死傷が目的ではない。放水もしかり。

 その点、フランスは流血革命を多々経験している国。フランス大革命はもとより、1848年の2月革命やパリコミューン、最近では1968年の5月革命もあれば2005年の「パリ炎上」と騒がれた暴動事件もあった。このときはアルジェリア戦争以来の非常事態宣言が出され、夜間外出も禁止になった。07年には雇用対策に関する法令に反対する200万の大規模デモやストがあり、ついに法令は廃案となった。

 市民も暴動なれしていれば、当局も暴動なれしているというわけだ。5月革命ではゼネストに発展したが、死者は出なかった。05年の事件は「パリ炎上」とはいえ、実際はパリ郊外の事件でパリ市内の事件ではなかった。ということは、移民二世や低所得層の住む地域に限られ、移民二世はイスラム教徒が多いなど、社会問題であり、政治問題だった。もちろん、一部の単なる暴徒、「壊し屋」というのが登場したが、主役ではなかった。

 ロンドンの事件も失業者の不満や厳しい緊縮財政のツケなどの解説もあるが、どうやら、政治性や社会性は薄く、単なる暴徒による暴動略奪事件の色が濃いようだ。だからこそ、地域の“民兵”が乗り出しているのだと思う。つまり、根が深く、ずっと複雑で政治的社会的問題を含んでいるフランスの事件より、警察も政府も扱いやすいはずだ。

 テレビニュースで放映されたロンドンの事件で驚ろかされるのは、暴徒が店を破壊して略奪しているところなどを一般の市民が携帯などで撮影していることだ。これはどういう心境によるのだろう。フランスの場合、暴動事件では“決死”の覚悟の報道陣が撮影していても、こうした野次馬が撮影するようなシーンはなかった。機動隊とデモ隊がすさまじい“戦闘”状態なので、危険すぎて近づけないからだ。

 70年代はじめにパリで留学生活を送っていたころ、5月革命の余波でときどき、カルティエ・ラタンで学生デモがあったが、ただ、見物しているだけで、有無を言わさず、抵抗すれば手錠をかけられたり、蹴られたり殴られたりして検挙されるので、(検挙した後に警察で尋問され、ただ見物していたことなどが判明すると釈放される)デモが始まり、警官隊がやってくると、とにかく猛烈な勢いで逃げなくてはならなかった。カフェなどに逃げ込み、ボーイや客が学生をかばって必死でドアを閉めるのだが、そこに、さいりゅう弾などがどんどん、投げ込まれるというすさまじいものだった。人権などまったくないのがフランス風のデモ対策だ。

 英仏どちらが良いとか正しいとかいう話ではなく、ただ、違いがあるということです。念のため。

 

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フランスの国債格付けが引き下げ?

2011/08/11 20:16

 

 フランスの国債格付けが米国に次いで最上級のAAAから引き下げになるのではないか、との噂が流れ、10日の仏株式市場は急落。同日午後は大騒ぎだった。

特にギリシャ国債を大量に所有するソシエテ・ジェネラル(SG)株は一時、前日終価比で20%以上も急落、BNPなども同様に急落。結局、SGは14.7%安で引き分けた。

 同日にはサルコジ大統領がカーラ夫人(秋に出産予定)の実家の南仏の別荘から急遽、戻ってエリゼ宮でノワイエ仏中央銀行総裁やフィヨン首相、ジュペ外相、バロワン財務相らと緊急会議を開いて経済対策を協議し、財政赤字の追加対策を指示したが、この緊急会議が、反対に危機感をあおったとの説もある。

 仏政府は8月1日の閣議を最後に21日までバカンス中だ。通常は8月中旬のバカンスを繰り上げたのは、バカンス明け早々に臨時議会を招集することになっているからだ。

 フランスの財政状態は最悪。2010年の財政赤字は国内総生産GDP)の7.1%。これはギリシャ危機が真っ先に波及するとされるイタリアの4.6%を上回る。ユーロ圏は2013年までにユーロ導入の条件である財政赤字をGDPの3%以下を達成しなければならないが、とてもおぼつかない。

大統領は臨時議会で憲法の一部修正を行い、挙国一致で財政赤字削減に取り組みを目指しているが、来年の大統領選を控えているだけに、大統領に点数を稼がせたくない野党社会党らが反対している。

ただ、来年、誰が大統領になっても厳しい緊縮財政を行わざるをえない状況だ。

 大手格付け会社がフランスの格付けがAAAに留まると確認しているが、市場はそんなことはおかまいなしだ。

 ところで、この格付け会社自身の信用度、格付けはどうなっているのだろうか。バロワン財務相は、「格付け会社」について懐疑的な発言をしたことがあるが、過去に格付けを裏切った例はないのだろうか。

 

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雨模様と不景気風の憂鬱なパリ

2011/08/10 02:03

 

 卓上パソコンが故障し、使用不能になったので、ブログの更新ができなかったが、やっとバーゲンセールで購入。振り返ると、この1月でさまざまなニュースがあったが、悪いニュースの方が多かった。

 まず、フランスの天候が極めて悪く、春ごろは雨が降らず、農民は干害を嘆いていたが、その後は雨模様の天気が続いた。バカンスに出かけた人も寒さに震え、海岸は閑古鳥。気温はパリで朝は摂氏12、3度。日中も20度前後と寒かった。しかも4日夕方には豪雨がパリ地方を襲い、9号線のセーヌ河畔に近いアルマ橋そばのアルマ駅ととシャンゼリゼ大通にも出口があるフランクリン・ルーズベルト駅(仏語ではフランクランと発音するが、最近、構内に掲示された日本語の表示では米国大統領に敬意を表して英語読みの発音になっている)に雨水が流れ込んで洪水状態に。翌日まで使用不能で閉鎖になった。

フランスでは夏季に夕立が珍しくないが、この日は雨足が少しも衰えずに1時間近く降り続けた。

 夏のバーゲンセールも夏ものが売れず、不景気なところにさらに打撃を与えた。8月に入っても、まだ、「SOLDE(バーゲン)」の張り紙が目立ち、「60%」「70%」などの衣類の格安製品がやっと、客足を捕らえている状態だ。

 ギリシャ危機はいまやイタリアスペイン、さらにフランスにも波及しそうだ。

 7月21日のユーロ圏首脳会議では前日にサルコジ大統領とメルケル独首相がトリシェ欧州中央銀行(ECB)総裁に圧力をかけて、ギリシャのデフォルトも織り込み済みで、民間金融機関によるギリシャ国債の借り換えなど民間負担を決めた。しかし、欧州金融安定基金(EFSF)の実施に関しては各国の国内議会の採決が必要とあり、実施までには時間がかかりそうだ。

 そうこうするうちに、米国が格下げになり、株が暴落。仏独両首脳は7日にも8日の株式市場が開く前にトリシェ総裁を説得して、イタリアの国債をECBに買わせることに成功した。

 いざとなると、仏独連合健在なり、というところか。

 フランスでも株を所有している人たちは株暴落で戦々恐々としている。現金を銀行から引き出して金を買っている人たちも増えている、とか。このところ、ナポレオン金貨などが急激に値上がりし、所持していた人が売りに出しているそうだ。

 そんなテレビニュースが連日、流れている。ま、株も金貨も持たない身にとっては悩みはないが、ユーロの円相場はちょっと気になる。それにしても、ドルの円相場は新聞の大見出しになっても、ユーロにまで詳細に言及する記事は少なく、日本でのユーロの認知度が低いことをいまさらながら実感しているところだ。

 

 

 

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小澤征爾パリで元気一杯

2011/07/15 00:17

 

 第23回高松宮殿下記念世界文化賞(PI)の音楽部門の受賞者、小澤征爾さんが11日の受賞者発表に先立ち、6日にパリのサル・ガボーで自ら開校した「スイス国際音楽アカデミー」の特別公演を行った。曲目はお得意のモーツアルトの「ディベルティメント」。ガンの克服に次いで1月には腰のヘルニア除去の手術をしたが、独特の快活なテンポで時に飛び跳ねるなど病後とは思えない元気一杯の指揮ぶり。スタンディング・オベーションに答えてアンコールには、これまた18番のチャイコフスキーの「セレナード」を、#ドレミファソラシドー#と高らかに演奏するサービスぶりだった。

 楽屋で浴衣に着替えた小澤さんは、「手術のおかげで何年かぶりに腰の痛みを感じない状態になった」と嬉しそう。「若い人が熱心」と目を細め、生徒たちの演奏にも満足を表明。

 パリは昨年12月のニューヨークに次ぐ大都市での公演。しかもパリは1959年に「世界の小澤」のきっかけとなった仏ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝当時に在住していたところ。小澤ファンも多く、聴衆は久しぶりの「小澤メロディー」に熱狂していた。

 かつて小澤氏の助手を務めたパリ在住の指揮者、矢崎彦太郎氏と夫人のバイオリンの渡辺篤子氏も駆けつけ、久しぶりのご対面も。矢崎氏も

PIの若手芸術家奨励制度の対象となったベトナムのオーケストラの指揮を担当したのがきっかけで欧州以外にタイや韓国などアジアでも大活躍中だ。

 小澤氏は「本格的活動は来年から」と言うが、8月には長野・松本で斉藤記念オーケストラを指揮する。

 ちなみにサル・ガボーはパリの有名コンサートホール。この日のチケット代は5(約555円)-40ユーロ(4440円)だった。

 

 

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